南城市出身で、現在はフリーランスの栄養士として活動をしている綾乃さん。
栄養士、調理師、パティシエ、薬膳、麹…と、 食関係の資格はほとんど持っているかも、と話す。
食に関する活動を行っている理由を聞くと、とにかく食べることが好きだから、との答えが。小さい頃の話から現在の活動にいたるきっかけまで、今後の目標も交えて伺いました。

「食べることは生きること。」は、まさしく私
「「食べることは生きること。」という言葉。
とある映画の言葉ですが、まさしく自分だなと思っています。」
そう笑って話す綾乃さんは、
最近、自身の子どもに「ママの仕事って、友達に聞かれたら何て答えればいいの?」と聞かれたという。
フリーランスの栄養士として、日々様々な場所へ行き、食に関する活動を行っている。
その為、肩書きを「一言」で説明する事は難しい。
「食の先生」それが、いま一番しっくりくる綾乃さんの肩書きだ。
広がり続ける食のフィールド
綾乃さんの活動の中で、大きく基盤となっているのが栄養士。
「栄養士になる」と決めたのは、なんと小学5年生の時のこと。
「小さい頃から、とにかく食べることが大好きだったんです。」
高校卒業後は食に関する勉強一本に絞るため、大学ではなく専門学校へ進学した。
卒業後は栄養士として長年活動したのち、3年前からフリーランスへ移行。
現在は、乳幼児検診での栄養相談や食育に関するお仕事、料理代行、料理教室など、食に関する活動の幅を広げている。

好きなものを守りたい
栄養士として活動する一方で、『琉球料理伝承人』としての顔も持つ。
昔から伝えられている琉球料理を習得し、次の世代へと継承していく活動のこと。
伝承人になるには、調理や栄養の資格保有に加え実務経験が10年以上ある方を対象にした、「琉球料理担い手育成講座」の全カリキュラムを受講すると認証される。
「おばあちゃんが好きだったので、おばあちゃんが作ってくれたものを守り繋げていきたいという思いから琉球料理に行き着きました。」
多様な食との関わり方がある中で、なぜ伝統的な”琉球料理”に行き着いたのか。
そのきっかけは、自分が「良い」と心から思えるものを、大切に守り繋げていきたかったから。
料理教室を行う際の最大のこだわりは、「作って終わりではなく、お家で作ってもらうこと」。高度で難しいものではなく、家庭でも手軽にできるレシピを教えることを大切にしている。

経験が支える、やさしい食のかたち
また、今年に入ってからは「料理代行」の活動も始まった。
依頼人のご家庭に伺い、準備していただいた食材をもとに、ご家族の体調や好みに合わせたつくりおき料理を3時間ほどでつくる。
乳幼児健診での栄養指導を行っている中、県外からの移住者などで身近に相談できる人がいないかた・子どもの事で日々の食事が疎かになりがちなお母さんたちが多いと感じたのがきっかけ。
「作る元気はないけれど、誰かの手作りご飯が食べたい」。そんな忙しさからくるSOSを肌で感じていたという。
離乳食や高齢食は作ってきたけれど、働き盛りの成人層への料理は作ったことがないという事に気づいた綾乃さん。市販も手軽でいいけど塩分や油の量は調整できない。手作りで作るから、一人一人の好みや量、体調に合わせた調整ができる。
好みだけでなく栄養のことや健康のことを気遣ったごはんは、離乳食からお年寄りのご飯まで対応可能。綾乃さんの総合的な食の知識や、長年の現場での経験が生かされている。

大切にしている、食との向き合い方
活動でのこだわりは?と伺うと、できる限り地産地消を大事にしている、との事。
栄養士として働き、食材を買って料理を繰り返すうちに、
「この食材って本当に安全なのかな?」と疑問を抱くようになった。
そこから、「食」だけでなく、食のはじまりの「農業」にも興味をもち、
なんじょう市民農業大学へ入学。材料をつくるという視点で食と向き合いはじめた。
また、なんじょう♥市民大学に入学し、学びを深めたことで、沖縄独自の野菜「島野菜」への関心も深まった。島野菜への認知を高めるため「島野菜の魅力再発見!」というチームをつくり活動している。
今後やりたいことは、自分の畑で水を引いて育てた安全な島野菜を使って、自分のまちに持ち帰り専門のお惣菜やさんを開くこと。
また、その畑で採れた野菜を使った料理教室も開きたいと、計画を膨らませている。

これからも続いていく、食への探究
ストレス発散法も「料理」というくらい、食べることも作ることも大好きな綾乃さん。
「毎日違う場所で、食に関わるいろんな人たちと出会い、好きなことを仕事にできている今の環境は本当に理想的」と話す。
生まれ育ったこの南城市から出るつもりはないという。
これからも食の先生として、
このまちの皆さんの心と体を満たす美味しくてホッとするご飯を作り続けていく。














